| 19XX |
北海道常呂郡留辺蘂町(現在は北見市に合併)で生まれる。小学校、中学校時代は留辺蘂町、その後は北見市で過ごす。
真冬は氷点下25度にもなり、冷凍庫よりも低温の日が続くことも珍しくない。
(留辺蘂:アイヌ語でルベシュベ、佐呂間別川を越えたところ、町内の温根湯温泉
が有名です。心が三つもある心・心・心の心こもった町です) |
| 1972 |
札幌市へ転居する。
70年頃に札幌を訪れた際、大通り公園に隣接した新築中の立派なビルを見て、このようなところで仕事がしたいと思う。その想いが叶う。 |
| 1990 |
この頃からボーイスカウト活動に関わり、92年から団委員長を務める。
後年、札幌市長から青少年育成功労賞を授かる。 |
| 2000 |
長年温めていた燻製造りへの本格的な挑戦が始まる |
| 2002 |
冷燻で納得のいくスモークサーモンができる。
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| 2003 |
ボーイスカウトのビーバー隊(小さな子の集まり)の隊長となる。
遂に美味しい生ハムができる。 12月、ホームページ作成を決心。 |
| 2004 |
1月に不十分ながらホームページを公開(訪問者は1,000人/月)
週末はボーイスカウトの活動と燻製作りで秒刻みの生活。
ドメインを独自に取得し、HPを全面的にリニューアルする |
| 2005 |
3月末に永年勤めた会社を退職し、4月より関連会社に再就職する。 |
| 2006 |
50坪程度の畑を借り、家庭菜園を始める。休日は極めて多忙な生活となる。燻製はほぼ満足のいくレベルに達する。 |
| 2007 |
4月に読売新聞、9月にSTV・どさんこワイド180、NHK・ほくほくTVにて手稲燻製工房が紹介される。
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10月より、石狩市の畜肉加工・販売会社に勤務する。
傍ら、休日ははボーイスカウト活動、土日農家、燻製造りで多忙。
ホームページは毎月2500〜3000のアクセスがある。問い合わせ等も増加しコミュニケーションに一役を果たす。 |
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